【前編】後悔しないために議員になった【日置友幸|南九州市議】

公務員図鑑

最前線で働く公務員が、日々どんな思いで働いているのかを深堀る『公務員図鑑』

今回のゲストは、南九州市で市議会議員として奮闘する日置友幸さんです。

この記事は7分で読めます^^

今回は、なぜ政治家になったのか、そのルーツについてお話を伺いました。

日置さんの姿をとおして、普段接する機会が少ない議員という職業を、少しでも身近に感じてもらえると嬉しいです。

<聞き手=森満 誠也(KagoshimaBase編集者)>

日置友幸さんのプロフィール

鹿児島県南九州市出身。

高校生までを地元で過ごし、筑波大学で政治学を専攻。

東京での出版社勤務を経て、26歳で南九州市議へ初当選。

SNSとオフラインを使い分けながら地道に発信を続け、時には踏み込んだ部分まで発信するため、関係各所をざわつかせる。

子育てのしやすさやICT推進を核として、南九州市の豊かな日常のために奮闘。

現在、南九州市議として二期目。

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良いかぶりつき

政治家になるまでの歩み

政治家強っ!という原体験

森満
森満

よろしくお願いします!

日置さん
日置さん

よろしくお願いします!

森満くんとはゆっくり話したことなかったから、今日がすごく楽しみで!

森満
森満

こちらこそ‼

早速ですが、どうしても聞きたいことがあって。

大学で、筑波大学の政治学を専攻しているじゃないですか。

これ、普通に高校生として暮らしていて、大学を選ぶってなった時になかなか持ち得ないチョイスだなと思って。

日置さん
日置さん

たしかに。笑

森満
森満

なぜ政治学を選ぶことに?

日置さん
日置さん

2006年が大学を受験したタイミングなんですけど、ちょうどその頃、地元が市町村合併して南九州市になるタイミングだったんです。

合併する時って、特に住民投票があるわけでもなくて。

森満
森満

ほう。。

日置さん
日置さん

その時に、政治家強っって思ったんですよ。

合併するってすごく大きな決断だけど、それも最終的には議決で決まる。

決定権を持つ人って強いんだなって。

森満
森満

なるほど。

日置さん
日置さん

今となっては、幼稚な考えだったなと思います。笑

でも、「自分の好きな地元のために、決定権を持つ立場になれば何かできるのでは?」と、おぼろげながら思ったことは事実なんです。

それで、政治の道に進もうと。

森満
森満

面白い!

議員の方に、なぜ議員になったのかって聞くこともなかなか無い機会だから、すごく面白いです。笑

日置さん
日置さん

ですよね。笑

そもそも、僕が通ってた高校って、大学受験をあまり意識しなくていい高校だったんですよ。

生徒の半分が大学に進学しますみたいな。

僕自身も、部活のバレーボールとギターをずっとやってて。

森満
森満

バレーボールやってたんですね。笑

日置さん
日置さん

そうそう。笑

政治家ってぶっちゃけ大学に行かなくてもいいわけじゃないですか。

今となっては大学行って良かったと思ってるんですけど、自分が大学に進学するイメージがずっと持てなくて。

ギターに没頭した高校時代。若い。

筑波大学という選択

森満
森満

その状況から、なぜ筑波大学に?

日置さん
日置さん

僕が行くことになるのが、筑波大学の社会国際学群社会学類政治学専攻なんです。

この社会学類っていう所は、法学・政治学・社会学・経済学、この4つを大学二年生まで好きなだけ学んで良くて。

三年生でどの専攻に進むか決められるシステムだったんですよ。

森満
森満

なるほど。

日置さん
日置さん

社会の色んなことを学びたいと思った時に、全体を網羅的に勉強した上で三年次に専攻を決められるのが筑波大学だった。

じゃあ、そこに行こうと。

森満
森満

大学名で決めたっていうよりは、日置さん自身がやりたいことを実現できるのが筑波大学だったという感じ?

日置さん
日置さん

そうそう!

高校三年の夏まで部活動をやってたから、夏以降に勉強のスイッチ入れて死ぬほど勉強しました。笑

大学生の頃

怒られてばかりだった会社員時代

森満
森満

筑波大学を卒業した後は就職をしたんですか?

日置さん
日置さん

青葉出版株式会社っていう会社に就職して、東京で働いてました。

小学生向けのテストとかを作る会社で。

森満
森満

へぇー!

出版社に入ったんですね!

なぜ、青葉出版に入ったんですか?

日置さん
日置さん

新聞社教育系の会社で働きたかったんです。

だから、その分野の会社しか受けなかった。

他にもいくつか受けたんですけど、青葉出版が一番最初に拾ってくれたから、すごく縁を感じて。

森満
森満

なるほど。

働いてみて、実際どうでした?

日置さん
日置さん

結果的に三年間働かせてもらうことになるんですけど、今思えばすごく良い経験でした。

怒られてばかりだったけど。笑

森満
森満

そうなんですか?笑

日置さん
日置さん

でも、議員になって、怒ってくれる上司がいることは、ありがたいことだなって思います。

今は、下手したら『先生』って呼ばれる様な状況だから。

森満
森満

深いですね。。

日置さん
日置さん

世間一般的な31歳よりは、生意気を言っても怒られない状況だと思っています。

組織に属するっていうのは怒ってくれる人がいるってことだから、今となっては良かったなって。

当時は、怒られるのが嫌でたまらなかったけど。笑

会社員時代の日置さん

転機は東日本大震災

森満
森満

青葉出版を25歳で退職して、選挙に出るわけですよね?

もともと早いタイミングで政治家になろうと決めてたんですか?

日置さん
日置さん

大学在学中から政治家になろうとは思っていたけど、こんなに早くなるとは決めてなかったです。

森満
森満

それは地元で政治家になろうと?

日置さん
日置さん

もちろん。

政治家になるっていうことは、そもそも手段でしかないから。

目的は南九州市を良くしていきたいって部分で、そのために決定権を持つ議員になりたいと思ってた。

ただ、権限があったからといって、やりたい仕事が出来るわけじゃないって今なら分かるけど、当時はわかってなかったですね。笑

森満
森満

そりゃそうだと思います。

自分が25歳の時、何考えてたかな。。

なぜ政治家になる予定が早まったか、理由があれば教えていただけますか?

日置さん
日置さん

きっかけは大学4年生の頃に経験した東日本大震災

近しい所で人が亡くなったり、つくばの町も大きなダメージを負ったのを目の当たりにして。

人って、いつ死ぬか分からないなって強く思ったんです。

森満
森満

死生観みたいなものを持ったわけですね。

大学生の頃。チャラい!
日置さん
日置さん

とりあえず明日死ぬことになったとして、「まぁやることはやったな」って言える状況にしておきたいと思ったんですよ。

森満
森満

なるほど。

日置さん
日置さん

そのためには、選挙に出れる25歳の時点で選挙に出ておこうと。

受かるか落ちるかは分からないけど、出るという選択をすることで、選挙に出られなかったという後悔は人生から消せるなと思ったんです。

その思いがあったから、25歳で出版社を退職して、選挙に出ることにしました。

森満
森満

3.11の強烈な体験が、その選択をさせてくれたわけですね。

仕事を辞め、地元に戻る

日置さん
日置さん

そうですね。

2015年の2月に、南九州市へ帰ってきました。

その年の12月にある南九州市議会議員選挙に出るために。

森満
森満

地元とはいえ、大学時代を含めて7年間ぐらい南九州市を離れてたわけじゃないですか。

そこの選挙に出馬するって、すごい勇気だなと思うんですが。。

日置さん
日置さん

今振り返って思うことは、知らなかったからこそ出来たことだなと思います。笑

選挙の怖さとか色々な前情報を持っていたら、とてもじゃないけど飛び込めなかった。

森満
森満

大学時代に、選挙について深く学ぶ機会がありました?

日置さん
日置さん

政治については学んだけど、どうやったら政治家になれるかは学んでないんですよね。

公職選挙法について教えてくれるわけでもないし。

ましてや、支持の集め方なんて全く知らないわけで。笑

森満
森満

なるほど。笑

日置さん
日置さん

自分はバカだから、仕事辞めてから気づくっていう。。

選挙に出ようと思ってるけど、「あれ?これどうやって進めればいいんだっけ?」みたいな。笑

森満
森満

すごい。笑

僕への投資を惜しまなかった両親

日置さん
日置さん

親が地元の名士とかだったら、まだ選挙の支持集めとか出来たのかもだけど、普通の会社員の息子なので。

あ!うちの父親、もともとは二級建築士として働いてたんですよ!

森満
森満

おお!そうなんですね!!

日置さん
日置さん

でも、建築士として働いてた当時、昼も夜も無いような働き方で、僕が生まれた時に転職をするんです。

森満
森満

子どもと過ごす時間を確保するため?

今は日置さんがパパとして、子育てに奮闘している
日置さん
日置さん

そうそう。

僕が生まれて、ある企業に入るわけだけど、2000年代序盤にデジタル退職をすることになるんですよ。

森満
森満

デジタル退職?

日置さん
日置さん

そのころ流行った言葉みたいなんですけど、デジタル化していく時代にパソコンが使えない人が会社を去らざるを得ない状況だったっていう。

森満
森満

なるほど。。

日置さん
日置さん

でね、会社を辞める時に、父親が僕にパソコンを買ってくれたんです。

退職金で。

森満
森満

おお!

日置さん
日置さん

そのことが自分の中で忘れられなくて。

でも、教育ってそういうことなんだなって思ったんですよね。

自分には出来ないことかもしれないけど、それを下の世代に引き継ぐというか、投資をするっていう。

森満
森満

パソコンが出来ないことで退職する父親が、その退職金で子どもにパソコンを買うわけですよね。

すごい話…‼

日置さん
日置さん

僕に対する投資を惜しまず、常に応援してくれる父親だったんです。

選挙に出る時も、「そうか。」って二つ返事だった。

森満
森満

それぐらいどっしりとした親に僕もなりたいです。。笑

まとめー前編ー

同世代でお互い知ってはいたし、何度か話をしたこともあるけど、じっくり話を聞いたことがなかった日置さん。

じっくり話を聞いてみて、裏表がない素直な人なんだろうなぁという印象が、確信に変わりました。

物事を真っすぐ捉えるその性格は、『地元を良くしたい!』と政治家を目指した高校生の頃から、変わってないんじゃないかなぁ。

前編では、なぜ政治家になったのか、そのルーツについてお話を伺いました。

次回は、初当選の時の振り返りや、パパとしての顔についてお話を伺います。

初当選の時 若い!

また次回、お会いしましょう!

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