最前線で働く公務員が、日々どんな思いで働いているのかを深堀る『公務員図鑑』
今回のゲストは、鹿児島大学を卒業後に熊本県庁で働く村橋友介さんです。
前編では、彼の知られざるルーツから、人生の転機となった鹿児島大学での出会い、そして熊本県庁に入庁し、地域との深いつながりを模索するまでの足跡を伺いました。
村橋さんの姿をとおして、普段日の目を見ることが少ないけど必死に働いてる公務員の姿を、少しでも身近に感じてもらえると嬉しいです。
<聞き手=上木寿人(KagoshimaBase編集者)、森満 誠也(KagoshimaBase編集者)>
村橋さんのプロフィール
長崎県佐世保市出身の30歳。
小・中学校は長崎、高校は大分、大学は鹿児島で過ごしたのちに、2019年に熊本県へ入庁。
本庁、阿蘇地域振興局総務振興課を経て、現在は土木部河川課に勤務。
また、コロナ禍の2022年から「レンタル公務員」としての活動をスタート。
地域住民からの依頼を受け、休日に大工、薪割り、イベント運営などの様々な作業を無償で手伝う活動を続けている。

新しい環境に飛び込みたくて熊本で就職

村橋さん、お忙しい中ありがとうございます!
今日は村橋さんのこれまでの半生についてじっくりお話聞かせてください!

こちらこそ、遠いところわざわざありがとうございます!
ぜひよろしくお願いします!


まずは、村橋さんのルーツから教えてください。
どちらのご出身なんですか?

僕は、長崎県の佐世保市出身なんです。
ただ、父と母は熊本の天草出身なので、ばあちゃんちが天草にあるんですよ。

天草なんですね!

なので、熊本にも実は縁があるんです。
学生時代は親の転勤で色々な場所で暮らしました。
小学校は長崎で、中学と高校は大分で。
大学時代は鹿児島へ。


なるほどなぁ。
鹿児島で過ごした大学時代は、何か印象的な経験がありましたか?
ターニングポイントとなったドイツでの気付き

はい、大学時代にドイツに留学したんです。
それが僕の人生観を大きく変えるきっかけになりましたね。


ドイツ!?
人生観を変えるほどの経験とは、、どんな経験だったのでしょう?

ドイツで生活している中で、現地の人から日本のこと、特に私自身の地元のことや地域のことを聞かれる機会があったんです。
例えば、「君の地元はどんなところ?」とか、「地域にはどんな魅力があるの?」って。でも、いざ聞かれてみると全然答えられなくて…。
そこで少しずつ地域のことや課題みたいなものを調べていくうちに、興味を持つようになった感じでしたね。

留学するまで意識してこなかった部分に、海外に出て初めて向き合うことになったんですね。

そうなんです。
「地域の課題を解決することでもっと住民の人が住みやすい状況をつくりたい。よし、公務員になろう!」って。
そういう地域の課題を根本的に改善できるのは行政の仕事なんじゃないか、つまり公務員が地域課題に一番ダイレクトに携われるんじゃないか、って考えたんですよね。


いや、これすごいピュアな情熱ですよね..!!
そこまで真っ直ぐ公務員になりたい理由を語れる人、あまり出会ったことないので、結構衝撃受けてます。

ただ、入庁してすぐ、政策に関われるようなことを仕事として出来るようになるのって、30年後ぐらいだっていうことに気づきまして。笑

たしかに。笑
若いうちはダイレクトにそういう部分には業務として関われないことが多いですもんね。

そこで一回絶望しましたよね。

皿を割ることを恐れるな

笑笑
そもそもなんですけど、生まれ育った長崎や大分、鹿児島ではなく、なぜ熊本だったんでしょう?

住んだことのない場所に行きたかったんですよね。
元々が転勤族だったので土地にこだわりがなくて。
正直、自治体はどこでもよかったんですけど、当時の熊本県知事が「皿を割ることを恐れるな=失敗を恐れずにチャレンジしていこう!」というメッセージを発信される方だったんですよ。

なるほど!

元学者の方だったんですけど、『そういうトップがいるなら、硬いイメージの公務員でも新しいことにチャレンジしやすいんじゃないか』って感じたことも大きな決め手でしたね。
僕自身、かなり単純なので。笑

トップのメッセージが若手職員の背中を押すって、すごく理想的!
そういう環境に惹かれた部分もあったんですね。

そうなんです。
あとは、実際に熊本県庁の若手職員で、SIM熊本2030(防災訓練のシミュレーション)を開発された和田さんっていう方がいらっしゃるんですけど、彼が若手有志で政策提案会みたいなのを色々されているのを見て。
「実際に若い人でも活躍できるんだ」って感じたのも大きかったですね。
ごく一部の動きではあったんですけど、そういう事例があるっていうのは心強かったです。
SIM熊本2030&和田さんについての記事はこちら↓


自分自身と向き合うきっかけ

なるほどなぁ。
そういう先輩の姿が、村橋さんの行動にも後々繋がっていくわけですね!
それで、入庁して最初の勤務地は本庁だったんですよね?
その後、阿蘇地域振興局の総務振興課に異動されたと。

はい、そうです。
入庁3年目で阿蘇地域振興局に配属されました。
異動希望としては、ばあちゃん家がある天草の方に出してたんですけど、まさかの阿蘇になりまして..笑

異動希望が通らないのも、公務員あるあるですよね。笑

熊本出身でもないので、最初は阿蘇に7市町村が存在すること自体分かっておらず。。

なるほど。

しかも、地域振興の業務で阿蘇に赴任したんですけど、まさかの新型コロナウイルスの影響が直撃しまして..

ああ..あの時期は地域との交流が制限されていましたもんね。

地域と直接関わるイベントや業務が軒並み縮小、中止になってしまって。
「地域振興の仕事なのに、本当に何もできないぞ..」って感じたんですよ。
在宅勤務も増えて、「これで地域振興って言えるのかな…?」「このままでいいのか…?」って、すごくもどかしい日々でした。

そこで自分自身の感情と真摯に向き合えてることが素晴らしいなと思います。
(自分だったら「ラクになった!ラッキー!」って思っちゃいそう。。)

いやー、でも、普通に忙しく働いてると内省する時間って取れないですよね。
僕にとってはコロナが自分自身見つめ直すきっかけだったのかもしれません。

なるほど!

県庁って3年ぐらいで異動があるわけですよ。
当時、阿蘇に赴任したのが25,6歳だったんですけど、当時何も仕事が進められない状況で。
「これ、このまま何もしなかったら20代後半の一番バリバリ働ける時期、何も身に付かずにあっという間に過ぎてしまうぞ」っていう危機感が強かったように思います。

もがき続ける中で出会ったレンタル公務員という手段

なるほどなぁ。
今後の見通しも全く立たない時期だったから、尚更焦ってしまう気持ちもあったんじゃないですか?

まさに。
20代後半っていう一番の踏ん張りどころで、何も身につかずに時間が過ぎてしまうのは嫌だなと。

特に村橋さんは「地域の役に立ちたい!」という熱い想いで公務員になったからこそ、余計に感じる部分があったでしょうね。。
そういう役割の業務内容なのに、肝心の地域に出られないわけですもんね。。

そうですね。
まさにその葛藤の中で、「何か自分にできることはないかな」って、とにかく色々調べ始めたんです。
自分の手で、この状況を打開できないか、と。

その「何かしたい」という強い思いが、どういうきっかけで形になっていったんですか?

ちょうどその頃、職場の回覧で回ってきた「地域づくり」に関する雑誌を読んでいたら、奈良県の市役所職員の方が「レンタル何でもする公務員」として活動をされている記事を見つけたんです。
休日に地域に出向いて、無償で手伝いをされている、と。
その記事を読んだ時、「これなら自分にも出来るかも!」って思って。

色々模索してたからこそ、レンタル何でもする公務員がビビっときたわけですね!?

はい、まさに!
直感的にこれだ!と思ったら、もういてもたってもいられなくて。
すぐにSNSで名前を検索して、その方にメッセージを送っていました。

(すごい行動力…!)
初対面の方にいきなり連絡するって、なかなかできることじゃないですよね。
もともとそういうこと出来るタイプなんですか?

うーん、どうでしょうかね..笑
でも、あの時はもう「これしかない!」って思ってたんですよ。
思いついたことは、やってみないと落ち着かないタイプなんです。
ダメだったらしょうがない、くらいの気持ちで。連絡が来なかったら諦めよう、と。

そこで一歩踏み出せるかどうかで大きく変わってくるので、素晴らしい選択.!!

結果的に「やっていいですよ」ってその方から言っていただけて、そこから僕の「レンタル公務員」の活動が始まりました。
なので、レンタル公務員の活動自体、その方の「2番煎じ」なんですよ。笑

いやいや、その行動力と、目の前の「もったいない」という気持ちを原動力に変える力が本当に素晴らしいです!
地域への熱い思いと、コロナ禍での苦悩、そして偶然の出会いが、村橋さんの「レンタル公務員」という唯一無二の活動の原点にあったんですね。

その始まりのエピソードだけでも、もう胸がいっぱいになります!
ここからは、その「レンタル公務員」の具体的な活動内容や、そこから生まれた感動的な出会い、そして彼の人生に与えた大きな影響について、さらに詳しく深掘りさせてください!

はい、ぜひ!
よろしくお願いします!

まとめ-前編-
「君の地元って、どんなとこ?」
その質問に答えられなかったドイツでの経験が、村橋さんの人生を大きく変えました。
ただの「公務員」じゃない、地域に本当に役立つ方法を模索して――。
コロナで思うように動けなかった時期も、彼は諦めませんでした。
そのモヤモヤからひらめいたのは、ある記事に書かれていた“地域のために無償で手伝う公務員”というアイデア。
即行動!メッセージを送ってみた結果、まさかの「やっていいよ」の一言。
これが、村橋さんの「レンタル公務員」という新しい挑戦の始まりです。

失敗を恐れず、思い切り地域に飛び込む勇気。
その背中を押してくれたのは、まさに「地域への想い」と遊び心だったのかもしれません。
後編では、その活動がどう広がっていったのか、さらに深掘りしていきます。
お楽しみに!



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