前編に続き、さつま町を拠点にカメラマンとして活動しながら、鹿児島の伝統的工芸品「鶴田手漉和紙」に関わる中島愛実(なかしま あいみ)さんのお話です。
この夏からは、HITTOBEのコミュニケーターとしても働きはじめた中島さん。
前編では、「なかじー」と呼ばれた学生時代から、18歳で出た広島、そして何も決めずに帰ってきた地元での再出発までを伺いました。
この記事は8分で読めます^^
後編は、独学で始めたカメラのこと、5年働いたきららの楽校を辞めた理由、そして「あんたは中途半端だ」という家族の言葉について。
<聞き手=森満誠也(日日nova)、前村愛(HITTOBE)>
※月に一度開催している公開収録イベント『HITTALK』の記録です。
嬉しくないことしか思いつかない

ここまでの話を聴いていて、あいみちゃんは自分で決めたことは絶対に手放さない、芯が強い人なんだなと思いました。
周りが何を言おうが、自分が決めたことを突き進む強さがあるなと。
そんなあいみちゃんが、人から言われて嬉しい言葉ってありますか?

えー、えっと……嬉しくない言葉しか思いつかない..笑
家族に「あんたは中途半端だ」とか「ほんとに何がしたいのかわからない」って言われることがあって。
でも、それって自分でも核心をつかれてるというか。自分自身が一番思っていることなので。
正直、これからどうしたらいいんだろうっていう、ちょっと焦りはあります。

いやぁー、なるほど。
自分がやりたいことって、一生悩み続けることなのかなって僕自身思っちゃうので。
20代のうちにそことじっくり向き合おうとしていること自体が、すごいなと思っちゃいますけどね。

そうだよ、ほんとに。

人を撮るのが、怖くなった

カメラも本格的にされてますよね?
いつ頃から撮り始めたんですか?

きららの楽校でSNSの発信をする時に、やっぱり写真が大事だなと思って。
それまではずっと趣味だったんですけど、オンラインで半年間勉強しました。

オンラインで!? そんなのあるんですね!
カメラの魅力ってどんなところにあると感じてますか?

最初は趣味でしたけど、きららの楽校で記録撮影を重ねるうちに、自分の好きなように撮れるようになっていくことが楽しかったですね。
ただ、写真の対価としてお金をもらうとなると「自分の技術が釣り合ってるのかな」って不安になることもあって。

人を撮るってなると、カメラの技術だけじゃなくて、撮られる人とのコミュニケーションが必要になるじゃないですか。
そこが、なんていうんだろう..ちょっと怖くなっちゃったというか。自信がなくて。

うんうん。

なので、人物撮影っていうよりは、きららの楽校を運営する上での記録撮影の方が楽しかったかも。

5年いた場所を、辞める

きららの楽校を辞める決断に至った理由をお聞きしても良いですか?
客観的に見ていて、中島さんはきららの楽校に欠かせない人だったよなと思っていて。
「中島さんが居るからきららに行こう」っていう人も多かったはずなので。そこを辞めるって大きな選択だなと。

自分のやりたいことと、実際の業務にギャップを感じ始めて。
掃除とか、布団を運んだりする時間がどうしても増えるので。
「本当は情報発信をもっとやりたかったのにな」って思っちゃったんです。
自分の時間を何に割いているか、割合の問題ですよね。

良いですね。
HITTOBEではあいみちゃんがSNS担当なので、本当に好きにしていただきたい。笑

ありがとうございます。笑

得意な人が得意なことをやった方がいいからね。
広島のときと、同じでした

情報発信系の仕事を探してて、HITTOBEとご縁があったからきららの楽校を辞めた感じでしたっけ?

っていうわけではなくて。
何も決まってなかったですけど、きららを辞めました。
辞めた後に「これからどうしようかなぁ」ってなりましたね。笑

……あれ?
広島のときと、同じですよね。

たしかに!笑

半年閉まっていた天文館のお店

今はどんな働き方をされているんですか?

きららの楽校を秋頃辞めたんですけど、ちょうど冬場が鶴田和紙のシーズンだったので、結構な頻度でお手伝いに行ってました。
そこで職人さんから「天文館に和紙のお店を持ってるんだけど、なかなか開けれてないんだよね」っていう話を聞いて。
じゃあ私がお店に立ちますよ、って話をして。9月から立たせてもらうことになりました。笑


じゃあ私がお店に立ちますよっていう、そのスピード感が中島さんのすごさですよね。(まねできない)

ですかね。。笑
あと、きららの楽校の掃除の手伝いも、夏休みシーズンは行ってたり。笑
そしたらHITTOBEの話も(前村)愛さんからいただいて。

「急だけど、コミュニケーターとして入らないかい?」 っつって。

鶴田和紙のお店とHITTOBEは場所も近いので、良いなぁと思って。
「ぜひお願いします!」って。

天文館にある鶴田和紙のお店って、どんな場所なんですか?

ビルの2階にあって、染め職人さんやビーズ作家さんとの共同店舗なんですよ。
10年ほど続けていたお店なのですが、半年ぐらいおやすみが続いてたみたいで。

なるほど。

ビルの2階なので事務所感があって、外からは何の店か分かりづらいし、入りにくいなと。
その雰囲気から変えたいなって思ってます。

すごいバイタリティ..!! (とてもまねできない。2回目)

素敵なものがたくさんあるにも関わらず、あまり知られていない場所でもあるので、情報発信を頑張りたいです!
そこでワークショップとかもできたらなと考えています。

前村さんが来ない日は、寂しいくらい

HITTOBEで働いてみて、いかがですか?
きららの楽校とは、いろんな部分で違いません?

雰囲気が全然違いますね。コミュニケーションが課題です。
愛さんは、お客さんとお話すごいされるので。

お話すごいされるので。笑

ただのおしゃべりやろうみたいじゃん!笑

いやいや!笑
知り合いが多くて、愛さんを訪ねてHITTOBEにいらっしゃる方多いので、すごいうらやましいというか。
私も早くお客さんと顔馴染みになりたいなと思っています。

来るお客さんのタイプが違いますからね。
でも、あいみちゃんはびっくりするぐらいHITTOBEに馴染んでて。「前からいましたよね?」って思うぐらい。

でもさ、今、あいみちゃんは休みがほとんどないじゃない?
いろんな仕事を同時にスタートし始めてて。しんどくはならない?

いや、楽しいです!
愛さんと会えない日は寂しいくらい。笑

ありがとう!笑

ちょっと話は変わりますが、前の職場の同僚との関係性って、どんな感じですか?
きららの楽校を辞めた後もお手伝いに行っていると伺って、興味が湧いて。
例えば、広島時代の同期とは、今でも繋がりがあったりします?

連絡取る人自体は少ないですけど、毎日に近い頻度でやりとりしてる同期がいたりはします。
半年前、その同期と一緒に広島時代の上司に会いに旅行しました。笑

すごいね!関係づくりがうまいんだよね、絶対。

なのかなー。なんですかねー。変だよとは言われますけど。

変と捉えるか、すごいと捉えるか。笑
見えない不安は、いつもある

ここまで楽しそうな話が続いたので逆に聴いてみたいんですけど、働く中で「しんどいなぁ」って感じる場面はありませんか?(僕は結構あるんですけど..)

しんどいときかー..。
自分自身に対して、もう少し効率よくできたらなって思うことは多いです。

効率よく?

取捨選択がうまくできなくて。
全部流れに身を任せてきた感じなので。

取捨選択、難しいですよね。。

なんですよ。今も毎日楽しいんですけど、この先どうなるんだろうとか、見えない不安はいつもある。
そういうところかなぁ。

大共感です!
現場にいない人が、現場の話をする

人に対して、しんどさを感じる瞬間はないですか?

人に対してかぁ..。あんまりないかもですね。
あ、でも、現場のことって、実際にやってる人にしか見えない部分があるよなとは思います。

めちゃくちゃわかります。
これは僕自身の話(前の職場の話)でもあるんですけど、裏側で自分含めてチームメンバーが頑張ってたことを「私が全部やりました」って人前で言われてたことがあって。
いや、僕たちめちゃくちゃ頑張って裏側で調整してたんだけど、、みたいな。笑

それ、ちょっとモヤモヤしますよね。笑

しますします。笑
だからこそ、「この人が頑張ってくれてるおかげです」って言える人でありたいなと思いますよね。

ほんとそう。
「そこに居てくれればいい」が、いちばんきつい

コミュニケーターという仕事自体は、自分で向き不向きをどう捉えてます?

そうですね..まだ入ったばっかりで、正直分かりきれてないところが大きいんですけど。
自分から話しに行くとかは、チャンスがないとなかなか行きづらかったり..ねぇ?(森満さんへ)

分かりみが深い。
僕もめちゃくちゃスイッチ入れないと、自分からコミュニケーション取りに行けないタイプなので。

課題です。

あいみちゃんって、基本的に頼みやすいキャラクターだと思うんですよ。
NOってあんまり言わなくない?

たしかに。言えないんですよね。

頼みやすいんだと思うんです。みんな。
それってあいみちゃんの強みでもあるなと思ってて。
そんな中でも、これはやりたくないなって思うジャンルの仕事ってどんなものですか?

単純な流れ作業みたいなものが苦手かもしれないです。
それこそ「ただそこに居てくれればよいよ」って言われるようなポジションが、一番しんどいですね。

なるほど!

この何もしない時間があれば、もっと人が来るようにSNSを作り込んだり、施設の雰囲気を変えたりできるのにって思っちゃうというか。
そういうのを制限される方が、逆にしんどいです。

30代は自信を持って言えるように

いま29歳、もうすぐ30代じゃない?
どんな30代を過ごしたいか、ざっくり思い描くことがあります?

えー、、結婚したいです。笑
周りの結婚ラッシュに影響されてるだけな気もしますけど。
今、結婚ラッシュの第三波ぐらいなんですよ。

笑笑

あと、今はまだ何に対しても自信が持てないので。
もっと経験を積んで「自分はこういうことができるんですよ」って自信を持って言える30代になりたいです。

どういう状態になったら、自信が持てるようになるんでしょうか?

とにかく活動の量を増やしたいですね。
自信を持って「これをやってきた」って言えるぐらい、経験値をためていきたい。

県外は、もういいです

将来的には、鹿児島市内に拠点を構えたいとかもあります?

さつま町も好きなので、2拠点みたいな暮らし方が理想かな。
私が外に出てくることで、さつま町にも良い流れを持って帰れる感じにできたらいいなと思います。

県外も視野にある?

県外はもういいです。旅行で十分。笑
一回県外に出て良かったなとは思ってて。
地元にずっといる子からは「楽しそうだね」って言ってもらえることもありますし、自分もいろいろ味わってきて良かったなと思います。
なぜ5年も続けられたのか
終了間際、会場から質問が上がった。

きららの楽校で5年間働き続けたっていう、そこがすごいなと思っていて。
5年間も働いてると、良いことばかりじゃなかったと思うんです。
その上で、どうやったら同じところで長期間働き続けられるんですか?

周りは年上の人達ばかりの環境だったんですけど、地域おこし協力隊の方々と出会ったり、常連のお客さんや仕事で関わる人も増えていって。
日々の交流が楽しくて、気づいたら5年経っていたという感じです。

うんうん。

3年目ぐらいでそういう方々が身近に少しずつ増えていって、そこから一緒にイベントできたりとか。
そこが楽しかったのかもですね。

一緒に働く「人」が原動力だったんだね。
長く続けようって最初から思ってた訳ではなく、気づいたら5年経っていたっていうのが素敵。
働く仲間って、大事だね。

まとめ-後編-
やわらかい人が、誰よりも自分で決めている
1時間を通して、中島さんは一度も声を張りませんでした。
学生時代の話も、給料で仕事を選んだ話も、自信がないという話も、全部おなじ温度で、笑いながら話してくれました。
それなのに、聴き終えて残ったのは「強さ」。
親の反対を「行くからね」の一言で押し切る。次が決まっていないのに会社を辞める。連絡が来なければ自分から聞きにいく。半年閉まっていた店に「私が立ちますよ」と手を挙げる。
決めてから動くのではなく、動いてから決まる。そこが中島さんの魅力なのだと思います。
そして、何でも引き受けてしまう人が、唯一きっぱりと断ったのが「ただそこに居てくれればいい」という言葉でした。
「まだ何をするにも自信がない」と中島さんは言います。だから、活動の量を増やしたい、と。
「これをやってきた」と胸を張って言えるようになるために。

だいたい1時間経ちましたね。
あいみちゃんは9月以降もずっとHITTOBEにいますので、ぜひ皆さんも会いに来てください。

ぜひぜひ!
よろしくお願いします。

こういうトークイベントって「経歴のすごい人」にフォーカスしがちですけど。
「身近にいる気軽に話せる人を深掘りしたら、すごく面白かった」、そういう場にしたかったので、今日は本当に良かったです。

ありがとうございました!

HITTALKは月に1度、これからも続いていきます。次回もどうぞお楽しみに!



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